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昔不器用な恋人に


ゲッター2…と言うより、早乙女がゲッターロボに無理矢理乗せた男の暴走がやっと収まった時分、既に夜は去り暁が研究所を照らしていた。
「うおっ!なんだこいつ意外と重ぇ!」
自らぶん殴って意識を強制終了させた男をコクピットから移動させようとして、竜馬は男が一見した印象よりも随分とがっしりした体躯をしていることに驚いていた。
「っとに手が懸かるやつだぜ…やってけんのかこんなんと…」
自分より幾分か上背の有る男をなんとか背中に凭れさせ担いで、ジャガー号を降りる。
「随分手間取っていたな、竜馬」
「あ?ジジイ?無理すんじゃねーぞ。さっきまで鼻血吹いてたじゃねーか。ロージンは大人しく寝てろ」
ゲットマシン格納庫と繋がっている指令室に降りると、先程血を吹いていた筈の早乙女が何事もなかったかのような顔をして待ち構えていた。
思ったより軽傷だったらしいことに多少は安堵しつつ、竜馬は減らず口を叩く。
「間一髪だったわね…。もう少しでこの研究所もあぶなったわ」
後ろからミチルが顔を出す。
「おうよ。全く無茶苦茶しやがるぜ。おいジジィ、こいつ本当にパイロットにする気か?」
顎で後ろの男を示しながら、竜馬は早乙女に訊く。正直、気の迷いだったとでも言って欲しいような気分だった。
「当たり前じゃ――と、言いたいところだがな…目覚めればまた暴れる可能性もある。暫くは拘束して様子を見るとするか…」
「やっぱやーめた…って、選択肢はねぇんだな…」
「うむ。あの短時間であそこまで操縦をこなすことが出来る奴を見過ごせるわけがないだろう」
「はー…そーかよ…」
きっぱりと言い切る早乙女に肩を落とした竜馬だったが、すぐに思い直したようににっと笑みを見せた。
「ま、訳わかんねぇ奴だけど、退屈はしなそうだぜ」
人間では初めて自分の顔に傷をつけた男だ。暴走されるのはたまったもんじゃないが、初対面での手合わせは久しぶりに愉しかったことを思い出す。
「ふん。能天気なやつで良かったわ」
切り替えが速い竜馬を見ながら、早乙女が片頬を上げて笑う。
「あん?誰がノーテンキだってんだ?ジジイ!」
「お前以外に誰がいる。そんなことより後々暴れんよう――無駄かもしれんが…こいつの持っている武器類は回収せねばな」
竜馬の後ろで延びている隼人を見ながら、早乙女が言う。
「……はぐらかしやがって。武器なぁ…、あったらとっくに使ってんじゃねぇの?」
「ジャガー号に乗せた時にはなんだかんだいいつつもそこまで抵抗はしなかったからのう…まあ、後で改めて確認するが、とりあえず早急に武器…というより、物騒なものと判断できるのは…」
「おう、こんぐれぇだよなぁ。なんでもかんでもかっさばきやがって、まったく、見るからにおっかねーぜ」
早乙女と竜馬の目線が一点に注がれる。
二人の瞳は共に、隼人の手――さらに言うなればその獣のように鋭く尖った爪――を見ていた。

意識が浮上して先に感じたのは頬の痛みだったか、腹部の重苦しさだったか。
「う…」
「お?起きたか?けっこー揺らした筈だけど…おめぇノーミソつえぇな」
声が、真上からする。どうやら、先程横っ面を殴られた男に腹の上に乗られているらしかった。
「っ…ここは…?…貴様は、確かゲッターの…」
「貴様ったぁ失礼だなぁ隼人さんよぉ。俺ぁ流竜馬ってんだ。こんな状態で言うのもなんだがよ、ひょっとしたらなげぇ付き合いになるかもしんねぇし、ま、よろしくな」
竜馬と名乗り、にっと歯を見せて笑った男はしかし、どうにも喰えない印象を持つ表情をしていた。
「ふざけるな。ゲッター以外に用などない。…竜馬、とか言ったか、お前『あれ』のパイロットか」
「あぁ?見てくれ通りノリのわりぃやつだな!おうよ。無理矢理連れてこられてよ。ま、仕方なく乗ってやってんのよ」
「お前も見てくれ通り、随分と脳が軽そうな物言いだな」
「んだとぉ!やんのかてめぇ!」
まるで売り言葉に買い言葉のようなやり取りだった。あまりに分かりやすく煽られる竜馬に、隼人は心中苦笑していた。
「ここで無駄に体力を消耗する気はない。…それはそうと、お前はなんだって俺の腹の上に乗っているんだ。それにここは…」
「おおっといけねぇ、忘れるとこだった。ここはまぁ、研究所内のどっかだ。俺もよく知らん。」
隼人に場所を悟られないためか、本当にわかっていないのか判別できない態度で竜馬は言う。
背中に当たるのは床の感触だから、研究所内で使われていない部屋かなにかだろう。目に見える範囲では家具すらおかれていない。非常に殺風景な空間に見えたが、この研究所の中にあると思えばさもありなん、という印象もした。
「俺ぁ優しいから教えてやっけどよ。てめーは暫く拘束だとよ。ジジィのやつもあめぇよなぁ、お前みてぇな訳わかんねーやつ使おうとすんだからよ」
辺りを観察する隼人を気にも止めず、竜馬は言葉を続ける。随分と饒舌なやつだと思いつつも、隼人は竜馬の言葉を黙って聞いていた。
「で、とりあえずぶっそーなもんは没収しとけって話になってな。他のモンは後で調べりゃいーっつってたけど、身体にくっついてるもんは抵抗されたら他の所員じゃどーしよーもねーらしくてよ。わりぃけどこの爪、切らせてもらうぜ」
「何っ!………ぐぅ…」
言うが速いか、竜馬は隼人の腕を掴もうとする。
身を起こし抵抗しようとした隼人だったが、頭をあげた瞬間グランと世界が回った。それでも咄嗟に竜馬の下顎に向けて振り上げた主刀はすんでのところでかわされ、逆にその手をガッチリ捕まれ捻られる。
「うっおあぶねぇ!やっぱこりゃ他のやつじゃまかせらんねぇや」
「ちっ…」
抵抗しようとするが体に上手いこと力が入らない。予想以上に先程の拳が効いていることを自覚すると、舌打ちをして再度身を寝かせるしかなかった。
「くそ…」
「無茶すんなって。ころしゃーしねーからよ。さっきのがまだ効いてんだろ?…でも顔の腫れは引きかけてんなお前…。ひしゃげるぐれーなぐったんだがなー…」
死人みてーな顔色してるわりには頑丈なやつだ、と竜馬は笑う。何が楽しいのか隼人にはさっぱりわからなかったが、随分と嬉しそうに見えた。
「観念しろよ。そりゃー手間はかかってるかもしんねぇけどよお、おめぇだってゲッター操縦すんのに邪魔だろこんな爪。つーかかってぇしなげぇし…人間の爪ってこんなキョーボーになるもんか?こりゃーかすっただけでも傷がつくってもんだぜ」
掴んだ隼人の腕、獰猛な獣のそれの様に尖る爪を竜馬は物珍しそうにまじまじと眺める。
隼人は何も答えず、ただ酷く面白くなさそうな顔をして黙りこんでいた。
「まーおめぇだったらこれで喉笛かっ切るなんて朝飯前だろーな。でもよ、普段めんどくさくねえかこれ?隼人、おめぇ服とかよ、ひっかかって破けちまったりしねぇの?」
「………慣れてしまえば、どうということはない」
純粋な疑問という体でどうでも良いことを訊いてくる竜馬に、隼人は面食らう。この状態でする質問としては随分間抜けな気がするが、あまりにも普通に訪ねられ、隼人は思わず返事をしていた。
「慣れるってなぁ…おめぇ、こんなんじゃ女もろくに抱けねぇんじゃねぇか?」
「そんなもんに時間を使うなぞ無駄だろう…溜まったら適当な女に跨がらせて抜くだけだ」
「………な!!!なんつーことしれっと言いやがんだてめー!つーか、しつれーだろそれは!相手によ!」
生理現象に時間を裂くことにはどうも意味を見いだせない。…とはいえ、それを無き物には出来ない自分自身には辟易していた。例え愉悦を伴う行為だろうと――かつては少しは楽しんでいた気もするが、既にそんな時は過ぎ――頭はどうにも覚めていた。
下世話な質問にただ己の事実を返しただけなのだが、竜馬は驚くほど過剰に反応した。彼自身今まさに隼人の上に跨がっている体勢なのもあるかもしれない。
擦れた態度と言葉のわりには意外と本心はうぶなところもあるのか。
あけすけな物言いに、自分で振っておいて焦る竜馬の姿を見て、隼人は案外と可愛いげが残っているやつだと感じた。
……しかし、彼自身他人を、それも男を『可愛い』と心中で評したのはこれが初めてだということには、その時は気づかなかった。
「何だ。振っておいて説教とは、やかましいやつだな」
「うっ…うっせーこのマグロヤロー!あんまし減らず口叩くとアレの方もちょんぎっちまうぞ!」
「一々失礼なやつだ…。分かった。減らず口とやらはやめてやるからさっさとしろ。爪ぐらいまた伸ばせばいい」
こうなった以上は抵抗してむやみに逃げ出そうとするよりも、暫くは大人しく捉えられた振りをして様子を見た方が得策だ。それに、けして身長が低いわけでもなく、しかも体格の良い男に長時間腹の上に乗られていると流石に苦しい。
隼人はさっさと観念して、早くこのどうにも不毛な会話を終わらせる道を選んだ。
「へーへー、最初っからそーして素直にしときゃーいーんだよ。……やっぱこりゃ爪切りじゃどーにもなんねーな。こいつか。」
そう言って竜馬が幾つか持っていたらしい道具の中から取り出したのは、刃渡りが10cm以上はあるだろうハサミだった。
見るからにガサツそうなこの男とハサミという組み合わせに、隼人はうっすらといやな予感を覚える。
「おい、竜馬、俺が自分でやっても構わんぞ」
「おめぇみてーな危険人物にハサミなんぞ持たせるわけねーだろ!こー見えても図工は結構好きだったんだぜ。任しとけ」
図工…何年前の話だ…。というか、好き嫌いと器用さとは関係無いだろう。
どうにもずれた、その割に自信満々の返答に隼人は彼にしては珍しく呆気に取られる。
「さーてと、まずは親指から…あ!いけね!いきなり深爪しちまった!」
言わんこっちゃない。はなっぱしから考えなしにハサミを入れられ、爪が割れる鈍痛を指先に覚える。血こそ滲んではいなかったが…先が思いやられる。
「お前は…加減ってもんがないのか…」
「わりーわりぃ!まーこんなもんおめーなら半日たたずに治るだろ!気にすんな!」
全く悪びれた様子もなく、恐ろしく迷いのない様子で好き勝手に自分の爪を…時に皮膚を…切っていく竜馬を見ながら、隼人はこいつともし組んだとして本当にやっていけるのかと、数刻前の竜馬と全く同じことを思っていた。


―――――――――――

24…22…18…25…19…20…19……22…24…21…25…23………
紙の上の数字の羅列を、幾度も目で追う。
仕事部屋の窓から見える暮れかけの空には、細い月がまるで空間を切り裂いたように、やけに冴え冴えと光っていた。
(計測する上では重要性は高くない数値だが……ある時を境に決して20を切らなくなっている…時期はやはり新炉心の開発に着手した頃か…)
幾分かよれた白衣姿でひたすら紙の束をめくり、時にじっと見つめ続ける男の顔には、いかにも実生活に無頓着な学者然とした無精髭が浮かんでいた。
手にしている紙の束は、早乙女の娘――ミチルから秘密裏に送られてきた計測値の資料だ…。かつての、ゲッターロボ操縦時の。
竜馬に『置いていかれて』から、7年が過ぎようとしていた。
早乙女研究所での爆発事故の後、ゲッター線の研究は国に禁止され、早乙女の研究資料の全ては国に預けることとなった。…しかし、それは表向きのことだ。
幾つもの監視の目を縫って抜け道を探す――神隼人にはそれを行うための知力も実行力も充分に備わっており、しかも思うところがあるのか…早乙女の娘であるミチルも、それを歓迎はせずとも阻止しようとはしなかった。それどころか今は主に本来の専攻である考古学に従事している身であるにも関わらず、必要とあらばどこから手にいれたのか資料まで寄越してくれる。
例え運命に鍵を握る早乙女と竜馬――そしてゲッターを奪われようとも、隼人はどうしても真実を求めずにはいられない。
ゲッターとは何なのか?そして、それと深い関わりを持つ流竜馬とは…何故早乙女はゲッターロボを作り、そして――何故、俺は『これ』にこんなにも執着する?
初めは未知のエネルギーを手に入れ、利用することが目的だった。しかし、自分の想像を遥かに越える展開が続くうち、余りにも非科学的な事象を平然と起こす――時に起こさせる――このエネルギーそのものへと隼人の興味は傾いていった。
しかし、迷宮はそこに足を踏み入れた隼人自身の認識が追い付かぬほどの速度で日々その広大さを増していく。
それでも戦慄を覚えるほどに、その果てに眠る答えを求め歩を進めようとする思いは強くなって行く。
(イーグル号…竜馬が…あれから何らかの影響を受け始めたのも…恐らく新炉心完成後だ……あの搭乗テストでやつは何を…見たのか――それとも、知ったのか…)
一時的に仮死状態になったあのテストの後、地上に帰ってきた竜馬は顔を会わせた直後何故か隼人の腕を掴み、思いきり彼の方へと引っ張った。
先程まで生死の境をさ迷っていたとは思えぬその力の強さに思わず苦言を呈すると、竜馬は困惑とも安堵ともとれぬ顔をして一言だけ『ごめんな』と謝った。
その顔が、普段の彼とは余りにもかけ離れた、いっそ儚さすら感じられた表情がどうしても忘れられない。
竜馬を巻き込む環境が、そして竜馬自身が、誰も止められぬスピードで変容を始めたのは、それからだった。
(………爪が、伸びているな)
自分の腕を引っ張ってきた彼を思い出しながら何となく手を見やり、隼人はふとそう思った。
初めはまた伸ばせば良いと思っていたが、竜馬に気儘にハサミを入れられて以来、隼人は爪を伸ばしてはいない。
その代わり、爪に関しては最近他の癖が生まれた。
後でもいいだろうと思ったがなんとなく感情のままに動きたくなり、書類を一度机の上に置き、デスクの引き出しからハサミを取り出す。要らぬ資料の裏紙を敷き、深爪ギリギリまで…しかし、慎重に爪にハサミをいれていく。
自分でもどう考えても無作法な悪癖だとわかっていた。大体、早乙女研究所にいた頃は爪切りを使っていたのだ。
しかし、ふとあの時の竜馬の妙に楽しそうな顔を思い出し、何となくハサミをいれた日から爪切りには戻れなくなった。
爪を切るようになった理由は様々あった。確かに竜馬の言う通り、あのままだったら操縦桿やら何やら力いっぱい握ったりひっぱったりする必要があるゲットマシンに乗るには不便極まりなかったろう。
しかし…その後『傷付けずに触れたい』と望む対象が出来たのも理由の一つかもしれないと隼人は思っていた。
彼と――竜馬といると自分の感情が己のものでは無いかのように揺さぶられた。それは隼人にとって酷く煩わしい、しかし一方ではどうにも心地良い感覚だった。
初めは衝動の理由に名前を付ける気など無かった。しかし衝動はそれそのものだけでも機能した。
些細な火種から燃え上がって彼の身体を殆ど自分勝手に――最終的に了承は得たが、世辞にも合意の上とは言えないいきさつだった――知ったその後、彼にかけられた言葉は『てめぇ!なんもマグロじゃねーじゃねーか!騙しやがったな!』という、どうにも間抜けなものだった。更にその後『でも気持ち良いじゃねーかお前、最初はちょっといてぇけどよ、後々悪くねぇや』とあっけらかんと続けられ、そのままどうにも不透明な状態でずるずると体の関係を続けるようになったのだ。
(…初めてだったな…)
触れるほどに足りなくなったのは、と隼人は脳内で一人ごちた。訓練と研究の合間、毎回些細なきっかけで、何度も彼と行為に及んだ。時には奔放な彼の方から、どうにも物足りないと誘われた事もあったが…。どんなに貪欲に唇を奪っても、どんなにしつこく身体を責め立てても、長く深く繋いで、酷い時には彼がもう受け止め切れないと根をあげようとも、まだ彼に与え足りないと常に思っていた。
――パチン。
彼の輪郭をなぞり直す想像は、そちらに気をとられ疎かになったハサミが爪を飛ばす音で覚めた。
飛んでいった爪の欠片を目で追う。先程の資料の上に飛んだそれは、その紙の『新炉心』の文字の上に落ちていた。
隼人の脳裏に、先程までの思考が再び廻り始める。
(新炉心…早乙女研究所を崩壊させた地獄の釜…その向こうにあったゲッター線に支配されたとしか思えないあの宇宙……竜馬が向かっていった強大な機械の化物――あれは…)
ゲッター線に満ちた別の宇宙への道。それが出来たのはいつ頃で…いつから早乙女はその存在を知っていたのかということも、隼人の疑問の一つだった。
どの様にして早乙女がそれを作ったのかは定かではないが、彼が自分の手でその、地獄の釜の蓋を開いたのは確かだ。…つまり、それまではこの宇宙と、あの未知の空間の間を早乙女の意志が閉ざしていたと言うことになる…閉ざしていた…それとも、塞き止めていた…のか?
弁慶と隼人に血を流させたあの宇宙のゲッター線は、竜馬の中の凶暴性を爆発させようとばかりに彼に『同化』を促した。まるで初めから彼にもっとも『同化』しやすいようチューニングでもされていたかのように。
凶暴性――そうだ、武器を取り、最後の一人になるまで殺し合えと、そしてそれを愉しめと本能に命ずるような凶暴性。あの宇宙でゲッター線の力を得た時、深く強くそれを感じた。流れ出る血の代わりに、その凶暴なエネルギーが身体に押し入って来るような錯覚さえ覚えた。
(凶暴性…別の宇宙への道――突如現れた、鬼)
伝承の存在とされた鬼の、その骨が発掘されたのは自分が大学で考古学の発掘調査に携わっていた頃で、既に早乙女がゲッターロボ開発に着手した後だったとミチルは話していた。そしてそれ以降、伝承だった鬼の存在を示す物的資料はどんどん発掘され、部外者には口外されていなかっとはいえ、その事を知る者にとって鬼の実在は当然の事実となっていった。まるで
(歴史が狂った様に鬼が現れたのが先が?いや――道が、繋がったのが先か?)
もしも二つの宇宙が繋がったことにより歴史が変わったのならば、その変化を促したのがその道の先にあるもの…あの宇宙のゲッター線…もしくはあの宇宙の何かがこの宇宙のゲッター線に何らかの変化を与えた…可能性は十分にあり得る。
そして、もしそうだと仮定すれば、その非現実的な干渉を引き起こそうとしたものの正体は一体…。
そこまで思い、隼人は竜馬が最後に一人で向かっていった機械の化物を思い起こす。
アレもゲッターだと言うのなら、元々は何らかの生命体が操縦していたのだろうか?
あの時の竜馬の瞬時に何かを察したような態度、凶暴な――しかし、彼だけを同化へと促したあの宇宙のゲッター線、まるで彼だけを呼んでいるかのように。そして彼が消えてから敵も、神も現れない。
もし、幾つかの理論の指す通り平行宇宙があってそこに同一人物が存在すると言うのなら、竜馬が向かっていった…そしてあの宇宙を実質的に支配しているだろう…あのバケモノの『核』になっている『人物』はまさか―――。
だが、ならば、自分や弁慶があのゲッター線に同化しなかったということは。
昏い感情が心を覆う。しかし、だとすれば竜馬はまるで…選ばれたのか…?それとも、まるで囚われてもがいているようではないか…?
あまりにあやふやな、もはや思考とも言えぬいっそ病的な想像に隼人は一人苦笑する。大体、どんなに脳内でこねくりまわしたところで、今の隼人には確かめる術など何一つ無いのだ。こうやって爪を切りながらとりとめもない想像に浸るのがせいぜいだ。
だが、それはあくまでも『今は』の話だ。
突き止めなければならない。ゲッターの真実も、己のこの時に使命感にも似る執着の理由も。
でなければ、もしも竜馬が『乗る』為に有り、弁慶が早乙女の言う通り『非常時の抑止力』として選ばれたのならば。
――俺は、何のために。

「珍しいのう、お前がワシが入り込んだことに気付かんとは」
突然後ろから声をかけられ、隼人は振り返る。
「…敷島…」
「ん?ハサミなんぞで爪を切っておるのか、お前も大概訳のわからん男だの」
禿げ上がった頭と片目が崩れたような相貌の、しかしその外見のおどろさのわりに妙に陽気にも見える表情をした老博士――敷島がいつの間にか隼人の後ろに立っていた。
敷島は早乙女がゲッターロボを開発する際、搭載武器の製造に関わった人物だ。武器と言う武器、兵器と言う兵器を爆弾から人体そのものに至るまで全て偏愛している男だった。
『ドリルは良いぞドリルは!あれで肉を抉ると血がの、螺旋のように渦巻いて飛び出るじゃろ!一瞬に失われる生命の噴き上げる最後の噴水じゃ!血飛沫の芸術じゃ!巻き込まれてひしゃげた肉片がそれを彩るのもまた実に!良い!』
隼人がゲッター2のメインパイロットだと知った時の敷島の興奮したその口振りには、流石の隼人も――その種の高揚感にに覚えがないとは言えなかったが――少し辟易した。
それでもモラルに囚われず独自に研究を続ける敷島の、所謂『国家が隠しておきたい研究をするための施設』は、隼人にとってこの上無く適した居場所だった。
竜馬が消えてから数年の間、隼人はひたすら地力固めに時間と労力を費やしていた。過去を捻れさせ所謂『一般的な』世界に己の居場所を作ることはおそらく容易かったが、それをするにはあまりにも血を見過ぎていたし、隼人に必要なのはあの事故以来タブーとなっているゲッター線の研究をどうにかして続けられる環境を見つけることだった。
ミチルを脅し、全てを奪い闇に消えるのも不可能では無かっただろうが、最後の肉親まで失い、それでも気丈に自分の足で立とうとする彼女をそれ以上追い詰める気にも、彼女を慕う弁慶を裏切る気にも、何故かなれなかった。
そして、早乙女の足跡を辿り続けた隼人はこの老博士と出会い、今に至る。
敷島と数人の研究者が思い思いに自分にとっての真理を追求しているこの施設は、国の表沙汰には出来ない様々な要請を受け入れることで成り立っていた。
とは言え、その依頼者達にとっても『ゲッター線』は流石に触れたくない脅威らしい。隼人も表向きはプラズマエネルギーによる兵器開発の人員としてここにいる。
ゲッター線研究は、敷島が『面白そうだから』と黙認しているからこそ続けられていることであった。
「昨日の夜から送られてきた資料に付きっきりだったからのう、よっぽど面白い発見でもあったかと思ってチョッカイかけにきたんじゃが…考えながら爪を切る研究者は流石のワシもあまり見たことがないのう」
「相手が人間兵器でもない限りお前がそこまで他人のことなど気にするものか…どうせつまらん開発でも頼まれて逃げてきたんだろう」
「おお!キレイに殺せる武器なんぞくそくらえじゃー!」
あまりにわかりやすい老博士の趣向に隼人は小さくため息をつく。
「ん?」
「どうした?」
突然窓の外を興味深げに見やる敷島の様子が気になり、隼人は声をかける。
「いや、月が―――細いわりには随分赤いと思っての…血濡れの刀身のようじゃな」
「月が――?」
言われて目をやると、確かに先刻まで白かった月が、軌道の変化と共に赤へと色を変えていた。
「そういや、高砂が言ってたのう。次の満月の頃、以上にでかい太陽黒点が観測できるかも知れんとかなんとか…太陽フレアがーとか、磁気嵐がーとかなにやらはしゃいどったわい」
高砂とはこの研究所にいる天文学者の名だ。…天文学者と言って良いのかはよくわからないが――とにかく何かに憑かれた様に天体の話ばかりしている。
「そういや、お前さんが開発に携わっているアレもその頃最終調整が終わるのう」
橘と言う研究者と共に開発しているプラズマエネルギーを使用した兵器の話を振られ、隼人は無言で頷く。
橘は奇人変人だらけのこの施設の研究者の中では、なぜここに…と思わずにはいられぬほど良識的な男だ。だが、その研究にかける情熱はやはりどこか偏執的であり、隼人は彼のそんな部分に共に仕事をする上でのやり易さを感じていた。
しかし、けして子供に好かれる顔立ちではない筈なのに、あれの幼い娘には何故かなつかれ、隼人はどうにもその娘を扱いかねていた。
次の満月…そういえばその頃、諸国行脚を続けている――全都道府県に現地妻を作る旅とも言えなくもないが――弁慶もこの近くに立ち寄ると言っていたと、隼人は何となく思い出した。
「ま、黒点がどうなろうとワシには関係ないんだがの。そんで、どうなんじゃその資料、役に立っとんのか?それとも切った爪の皿紙かわりか?」
言われて隼人は視線を資料の上に戻す。
「皿紙代わりではないがな。今夜はどうにも…随分と思考が逸れる」
言いながら切った爪を集める。
「なんじゃまだ終わっとらんのかつまらん。それにしても、身なりに頓着しないところは気にいっとったがまさか爪をハサミで切るとはのー」
「以前からこうなわけではない」
改めて珍しがる敷島に、隼人は言葉を返す。
「勝手に、切られてからな…」
呟くように言いながら、隼人は心中で『恋人に』と勝手に付け足そうとする自分に苦笑していた。
恋――今思えばその言葉は間違いなく、竜馬に感じた衝動の答えを現している言葉だった。それを彼に言葉で告げたことは一度も無い。彼の自分を見る目に友や仕事仲間、性処理相手に見せる以上の感情が見える気がした日も…己の自惚れでなければ幾度かあったが、彼からその言葉を聞いたことも無い。
――もしも告げていれば、何か、変わったのだろうか。
「ふむ。何やらセンチメンタルな雰囲気も感じる言葉じゃがわしは生憎そんなもんには興味がなくてのう。するなら橘とでもするが良いわ。…しかし、悪癖じゃろそりゃあ。わしゃ悪くないと思うがの」
「そんなに良いものではない――それに、確かに悪癖だ」
わかってはいるが、治らないし治す気もない。
あるいは、もう一度竜馬に…今度は爪切りで切られれば、収まりでもするのだろうか。
執拗で、あても無いくせに諦めが悪い自分の性を呪いたいようないっそ誇りたいような気持ちで、隼人は先程資料の上に落ちた爪のかけらを拾う。
何の気なしにつまんだその形は、窓の外で来る望を待つ三日月と、どこか重なって見えた。


2013.1.30 UP

新ゲ隼人の爪が長いのがどの時点までなのかわからんが、とりあえず3話後半では既に手袋してるんで短かったと思われる。3話前半では管見の限りでは爪の長さが確認できるショットないが、あんな爪拘束したりするのにめちゃ邪魔だろうから拘束する前に切ったかも知んない。だとしたらあんな怖いのの爪切れるのあの時点で竜馬ぐらいしかおらんやろ。
新ゲッターロボの続編とかあったら絶対敷島博士に出て来て欲しい。
新ゲ隼人のあの必要以上に無精感がある無精髭顔で白衣早く!!!
など、色々考えて書いたら見事に軸がぶれたよね…。あと後半書き治したいけど一体何をどう書きなおしたいのかすらわからんほど本当に力不足を感じる。そしてミチルさんの専攻も全くの妄想…!
ちなみにタイトル元ネタはとあるバンドのとある曲の歌詞ですが、特にこれっぽいとかあれっぽいとか思っているわけでもなく…ただ曲が好きなだけですな。


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